ジョージア料理
2025.03.07
材料:子牛肉(若い牛肉)または豚肉(または両方の混合物)…1㎏、ニンニク…大さじ1、コリアンダー・ディル・フェヌグリーク・クミン…それぞれ小さじ1、小麦粉…1.5㎏、酵母(イースト)…大さじ1、塩とコショウ… 小さじ1 、玉ねぎ… 2個、バター… 50g

作り方:スパイスを混ぜる際には注意してください。乾燥したコリアンダーを大量に、適度な量のフェヌグリーク、ディル、クミンを比較的少量で摂取して混ぜる。(ミックスは合計で大さじ2杯でなければなりません)。最後にみじん切りにした肉に塩と赤唐辛子を加え、よくなじませます。一方、平らにした肉を中くらいの大きさの立方体で切り、細かく刻んだタマネギ、ニンニク、スパイスを加えて混ぜ合わせます。イーストを温水(約400〜450ml)に溶かし、塩、小麦粉を加えてよく混ぜる。生地をこねる。また、生地に50グラムのバターまたは菜種油を加えることもできます。生地は、ハチャプリ(グルジアのチーズパン)の場合よりも丈夫でなければなりません。準備ができたら、生地をタオルで覆い、暖かい場所に保管します。生地をボールに分けてロールアウトします。平らにした生地の円盤にスパイスの効いた肉を置き、端を結びます。クブダリを最初に手でロールアウトし、次に生地ローラーでロールアウトします。オーブンで200度、20〜25分間焼く。
2025.03.07 10:30 | 固定リンク | つぶやき
長い尻尾の話4
2025.03.06
3からの続き…

それは加害と被害のどちらの側にとっても喪失であって、そこにユーモアの入る余地はない。それともただ韻をふみたいだけのことなのだろうか。そんなことを昨年、イスラエル国防相の「人間-動物 (human-animal)」という発言を聞いて以来、悶々と考えていた。そしてぼくが悶々としている時に、ガザで一人の詩人が殺されていたことを、現代詩手帳を読んで知った。リフアト・アルアライール、彼が残した詩『わたしが死ななければならないのなら』には、tailとtaleという同じ修辞が使われていた。少年と白い凧の物語として。その冒頭と末尾―わたしが死ななければならないのならあなたは、生きなくてはならない/…/もし、わたしが死ななければならないのなら、希望となれ尾の長い物語となれ―。 訳者の松下新土さんの言葉、「人間がなしうるもっとも根源的な暴力のひとつは、脈々と語りつがれてきた、豊かな物語の川を、力によって奪い、まっすぐにしてしまうことではなかったか」。この人間による、人間に対する暴力と、動物に対する暴力の相似的な関係を突きつけられて、少なからずぼくは困惑している。(パレスチナの事と畜産の事を並べて書いたことに不快な思いをされた方がいたらすみません)

長い尻尾の話し(end)
豚肉生産者Gさん

人は歴史を繰り返す。平安時代や江戸時代も人は今と同じ考え方をしていたと思う。しかし、現代は大幅なデータがあり、人々が知ろうとすれば知ることができる。それをどのように使うかは人それぞれだが(笑)。
とにかく楽しく過ごしましょう!
長い尻尾の話3
2025.03.05
2からの続き…

そうかといって、尻尾は生存のためになくてはならないものかというと、あやしいところがあって、実際トカゲは生き延びるために自ら尻尾を切ったりする。あの妖艶な青に秘められているのは、生き延びるために犠牲になるものの美しさだと思う。話を豚に戻すと、多くの豚たちは家畜として生き延びるために、というか生き延びさせられるために、人間に尻尾を切られてしまうのだけど、そこで犠牲になるものとはいったいなんだろうか。抽象的に一言でいうならそれはコトバだと思う。豚にも言い分があり、それは豚たちの多様な関係性の上に成り立つコトバで、声と言ってもいいかもしれない。「鳴き声以外はすべて食べられる」といわれるところの声。人間にとっては価値のないもの。しかし人間の言い分を強いられることによって、豚は家畜という他に取りかえのきく均質な存在とされ、他者との関係性を歪められてしまう。固有であることと多様であることは一体で、それを育み、ことばによって伝えていくことが物語だとすると、尻尾 (tail) を失うことは物語(tale) を失うことなのだと思う。

4へ続く

私たちの日常の食べ物は、どのように作られているかほとんどの人は把握していない。私もそうだ。昔、付き合いがあった長野県の畜産農家のAさんは、牛に名前をつけていた。Aさんの子供たちも牛を可愛がっていた。初めて牛を出荷するとき、涙が止まらなかったらしい。しばらく牛肉を食べることができなかっただろう。私も経験があるが、この仕事をして畜産現場を見て帰ると肉を食べれなくなった時期があった。別に皆が皆、経験しろとは言わない。そういうこともあるんだくらいに思ってほしい。どちらにしろ今度生まれ変わったら、畜産動物にはなるべくなりたくない(笑)。

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